2010年04月07日
追悼
午前中、小雨。
午後には止んで、雲の切れ間に青空も見えた。
それにしても、強く吹く風はとても冷たく、
まるでクラッシュアイスの中にでも顔を突っ込んでしまったかのようだった。
そう、今日は冷たい風。
ジャイアンツの木村コーチが帰らぬ人となってしまった。
カープ時代から頭角を顕し、
レギュラーの座を掴んだシーズンもあった。
堅実な守備としぶといバッティング、機敏な走塁。
決して派手さはなかったけれど、玄人ウケする選手だった。
それだけにきっと指導者としても力を発揮してくれるはずだった。
実際に僕は木村さんの将来を期待していた。
あまりに早い旅路に、残念としか言いようがない。
既報の通り、投手以外の全てのポジションをこなした、ということで、
ユーティリティープレーヤー、と呼ばれていたけれど、
公式戦で捕手までもやってのけたことから言えば、
“スーパー”ユーティリティープレーヤーと言うべきだったかも知れない。
公式戦で捕手をもこなした、という部分ではカープの大先輩、
衣笠さんもやってのけたことだけど、
衣笠さんは恒常的には外野を経験していないのではないだろうか。
(もっとも衣笠さんは優勝に関係ない試合で投手もやったかも知れない、
記憶が定かでないけれど)
我々はとかく、記録や記憶に残る選手を追いがちだ。
それはそれで当たり前の事。
それでも派手な記録やプレーがなくとも、
印象的なプレーヤーはいる。
木村さんはそうした人だったと思う。
木村さんがジャイアンツに移籍した時に、
ああ、ジャイアンツはまた好い選手を仕入れたな、と思ったものだ。
木村さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
ああっと。
話は一気に飛ぶけれど。
アメリカ人が言うには「米国産の牛は喰え、トヨタは買うな」だそうだよ。