2011年02月08日
ショートぉ~
晴れ。
昨日とはすっかり変わって暖かい日中だった。
ショート、つっても遊撃手のことではない。
短くいきます。
確か先週の、通勤途中のことだった。
いつもよりやや遅めに家を出て、カーラジオを点けた。
暫くして星座占いが流れてきた。
時刻にして8時20分は過ぎていたはず。
「今日の〇〇座、(どうだこうだでああでしょう、の後)ラッキーポイントは“早起き”です。」
って、おい!
8時半近くになって、ラッキーポイントが“早起き”って言われても…。
2010年12月22日
エンディング
曇り、夜から雨。
って、本来なら雪が降っていてもおかしくない時季なんじゃないかぁ?
今日は皆既月食だった“らしい”が。
見えやしねぇ。
昨日だったら良かったのに。
昨日の月。

どうも最近、根性がない。
つか一昨日、寝るのが遅すぎたのに昨日の残業。
昨日も帰宅後にPCを開く余裕がなかった…。
一昨日はすたみな太郎から帰った後に、
PCに向かいつつ。
年賀状の作成。
今回もあんまり凝らなかったのだけど。
で、毎年、子供たちの画像(両親は抜き!)を入れているのだが。
娘と次男の画像は、「まあ、コレでいいか」とすんなり。
が、長男の画像については、
僕、カミさん、長男で意見が分かれた。
とりあえずは長野市大会での画像なんだけど。
僕は、長男がバッターボックスにすっくと立って監督を見ているシーン。
カミさんは、長男がサードベースに向かって疾走しているシーン。
長男は、バッターボックスでバックスイングに入る直前のシーン。
仕方ないので。
3種類作ることにした。
今年のPCでの加工作業納めか?
明けて今日。
山形村から伊那へ。
久々の山形村では、
マックスバリューのあるショッピングモール内のマクドで昼食を摂りつつ。
マクドから出る時に、ふと隣接しているゲームコーナーに眼をやると、
レールの上を走るミニ機関車トーマスがあった。
そう言えば長男は保育園時代はトーマスが好きだったし、
次男は電車男なので、二人とも幼い頃によく乗せたよなぁ、と思い出しつつ。
ちなみに(前にも記したかな…)。
同じプラレールを揃えても。
長男はトーマス派だったし、次男は新幹線派。
違うもんだねー。
当然、長男はとっくにプラレールを終えたが、
次男はいまだに進行形である。
帰宅後…。
ニュースとスポーツ番組しか視ないはずのない僕は、
「フリーター家を買う」と「ギルティ」をしっかり視てしまった。
「フリーター…」は初回から透けて見えていたエンディング。
でも、にの君と周囲にいる達者な役者さん達のおかげで終始、安心して視ていられた。
「ギルティ」はちょっと意外なエンディングだった。
けど、ああいうあっさりしたエンディングは個人的にはなぁ。
「ああ、そういうかよ…」みたいな。
どうせだから最後まで粘着質でいって欲しかった気も。
いや、ド素人の戯言です…。
あ~、ヤバい。
もうこんな時間かよ。
明日からが一年でもっともキツイのに。
2010年11月11日
NEWS
晴れ、一時曇り。
午前中は比較的に温かだったが、
午後から雲が多くなり、肌寒くなった。
気がつけば周囲の山々もかなり色づいている。
今年は寒暖の差が大きいので、紅葉も目に映える。
このところ話題になっているのは、
インフルエンザや尖閣諸島。
そして今日の紙面にはTPP。
全くよく解っていないので何とも言い難いけれど、
輸出入業に携わる産業にとってはPTTは歓迎ムードらしい。
韓国はFTAを結ぶ事によって、経済を拡大してきたみたいだ。
でも。
よく解らないのだけど。
PTTによって、ただでさえ自給率の低い日本が更に低くなりそうな。
例えばスーパーに並んでいる農作物、輸入品が多い。
実は加工食品の原材料も輸入品が多い。
もしTPPやFTAを進めたら、フツーの人はもう農業になんてやらないよ、きっと。
TPPとかは自給率が高くて輸出もしている国なら価値がありそうだけど、
今の日本だとアブナイ感じがする。
アメリカとかはサ、
ばかすか小麦を生産して、ばかすか肉牛を育てたりしてるからいいかも知れないけどサ。
つまり、もしこれから先に日本で農業をやり続けるとしたら、
それはもう“株式会社的”な意識が必要かも知れない。
そうしたら恐らくは、成功できる農家は一握りになってしまうかも。
つまり。
“フツーの人”はもう農業になんてやらないよ。
このところ、桐生の小6児童の自殺の事も記事になっている。
今日の朝日新聞、天声人語にも社説にも社会面にも載っていた。
児童はいつも独りだけで給食を食べていたとか。
そうした話を聞くたびに気の毒でならないと思うのは、
“その場”にいない者なら誰しもが抱く気持ちかも知れない。
けれどいじめていた側はきっと、
「私たちはみんな仲間だけど、あの子は気に入らなかった」みたいな感じだったか。
そう、その“私たち”は自分たちを正しいと思っていたんだよ。
そして、いつもこの手の話を聞くたびに、
いじめていた側のその後の人生がどうなっている(どうなっていく)のかが気になる。
だいたい、大人の世界にもいじめはあるしね。
誰をも傷つけずに生きていくのは相当に難しいことだと思う。
僕だってそうだ。
肝心なのは、その事に気が付けるかどうかということなのだろう。
知らず知らずのうちに自分がいじめている側に立っていた、
ひょっとしたらそんな事もあるかも知れない。
そうならないよう子供たちには育ってもらいたい。
さて。
独居の義母が効き腕を骨折してしまった。
どうやら家の中で転倒してしまったらしい。
先日、たまたま所用からの帰りに通りかかって、
どうされているかなぁ、なんて思ったものだけど、
なんとなく予感が働いたということなのだろうか。
よくテレビなどで、独居老人の家の中での危険を見聞きしていたけれど、
我が家系にも起きることとなった。
で、当面、夜にはカミさんが面倒を見に行くことに。
ってことで、僕もなるべく早めに帰宅しなければならない。
今、一番忙しい時季なんだけど、仕方ないな。
2010年11月01日
秋空に
晴れ、一時雨。
夜半にはまた雨。
午前中は爽やかな秋空だった。
それがお午頃になると俄かに厚く濃い灰色の雲に覆われて、
あっという間に地面はどしゃ降りに叩かれていた。
それもほんの数時間の事で、
午後の2時くらいになると再び陽が射し始め、
そのうちにまたきれいな青空が拡がった。
陽が落ちてから暫くは木星が輝いていたのだけど、
夜が更けて、また雨がバサバサと降ってきた。
“〇心と秋の空”。
今日のあまりの天気の変わり様。
そう言えば。
高校2年生の時の課題曲は「秋空に」だったなぁ(あ~、歳がバレる…)。
ちなみにその年にセレクトした自由曲は、
ジェーガーの「『吹奏楽のための交響曲』から 第四楽章」。
カマキリ先生が赴任されて3年目、初めて東海大会に出場した年だった。
その年の東海大会は銀賞に終わったものの、
翌年以降は金賞を続ける。
けれど普門館へはあと一歩及ばず。
特に弟が3年生の時の演奏はかなり芸術性が高かったと思うのだけど。
なんだか今日は吹奏楽しているのだけど。
実は。
昨日、グランドからの帰りがけに何気なくラジオをFMぜんこうじに合わせたら、
たまたま「カマキリ先生のおもしろクラシック」が流れて来たのだった。
ここ数年、この時間帯にFMラジオを聴くことがなかったので、
カマキリ先生の声を聴けたのがとても久しぶりで嬉しかった。
この番組は、ひとつのテーマに沿りながら楽曲を流していくのだけど、
ただ楽曲を流すのではなく、
その楽曲の作者だったり演奏家だったりする人の様々なエピソードを紹介してくれる。
それは僕の高校時代にも先生がよくしてくれていた事で、
その深い知識と軽妙な語り口がまた懐かしかった。
さてさて。
秋と言えば日本シリーズ。
今年は今のところ、一勝一敗。
2戦目にドラゴンズが圧勝。
アライバコンビが躍動したり、ブランコに当りが出たり、
守ってはチェンがキッチリとマリーンズ打線を抑えたり。
マリーンズが初戦を獲ったのが、このシリーズを面白くしていると思うけれど、
今のところはドラゴンズにはまだ余裕がありそうな…。
ウチのテレビは地上波しか映らないので、見られないのがちと悔しい。
見られないと言えば。
秋空の下のこの時季はテストマッチシーズンなのだけど。
日本対サモアのテストマッチも見られなかった。
日曜日にIさんが少し解説してくれたけれど、観たかったなぁ。
Iさん曰く。
「あっちの人種は“当る”のが好きだから!」
はぁ~、そうなのかぁ。
15人全員が“壊し屋 林”だと思えばいいのね。
(古っ…)
2010年10月23日
迷い道
曇り。
朝方はかなり涼しかったけれど。
日中はそれほどでもなく、
というより例年と較べるとやや温かい感じもした。
今日は北信濃を午後から廻ったのだけど。
飯山のとある店に着いたのが既に16時。
担当者と暫し話をして、中野のある店へ。
ここでも副店長さんと商談。
ウチの会社もそうなんだけど、何かと管理っぽくなってきた昨今。
そんな中で、こういう副店長さんがいるとホッとする。
管理、管理って、〇〇喰らえって思うよ。
てか、そうかと思えばカゲでゴソゴソやってる輩もいたりするしね。
それはともかく。
その店を出たらもうすっかり日が暮れていて真っ暗。
まだあと1店、廻らなければならなかった。
その店は同じ中野にあって、車なら10分ほどで着くはずだった。
なのに。
中野には兄貴の家があるにも拘らずあまり来た事が無くて。
いまだに市街地に入ると若干、方向感覚が狂ってしまう。
真っ暗の中、当てずっぽうで道を進んで、
というよりも生来の“信号待ち”嫌いで右折を敬遠して直進。
その上にちょっと勘違いをしてしまっていて、須坂の店に行きそうになっていた。
途中で気がついて、慌てて(たぶんこっちだろう、なんて)テキトーにハンドルを切り直す。
あっちこっちを曲がりつつ。
なんだか広い交差点に辿りついた。
僕の勘では右折だった。
で、右折レーンに入った。
が、その直後に気がついた。
「なんだよ、この交差点だったのかよ…」
本来なら直進、もしくは左折しなければならない交差点だった。
暗い上に走り慣れない道にすっかり迷ってしまっていた。
仕方なく、右折。
その後に随分と遠回りをした上に渋滞にもハマり、やっと本来の目的地に到着。
30分は掛っていた。
バカバカしいが、いい経験だ。
そんな遠回りも、経験になればいいじゃん。
んで。
今日も今日とて。
「金曜チェック」はお休み。
来週こそは必ずや!
m(_ _)m
2010年10月14日
角度
晴れのち曇り。
気がつけば午後の5時半、もうすっかり陽が暮れていて暗かった。
秋の日はつるべ落とし。
とりあえず、昨日のサッカー日韓戦。
帰宅してテレビに眼をやったのは後半12分から。
で。
あのさぁ、スローでわざわざ確認するまでもなく、
あの一瞬でハンドって解ったじゃん。
一緒に観ていた長男でさえ「ハンド、ハンド!」って叫んでたよ。
いや、よしんば主審から偶々見えない角度だったとしても、
副審からは見えなかったのぉ?
いくら主審のジャッジが全てだっつってもさぁ。
いくらホームチームが有利なジャッジを受けやすいって言ってもさぁ。
あんまりなんじゃなぁい?
それはともかく。
本田選手の技術と強さ、ボディバランスが素晴らしかった。
往年の中田英寿さんもあんな感じだったかなぁ。
なかなか倒れない選手だったと思う。
ちなみに個人的には松井選手が好きである。
一見、物すごくゴツイ感じなのに、
右サイドをズバッと突破していく姿がカッコイイ。
んと。
「サイゼリア 初めてのランチ編」を記そうかと思ったけど、
今日は(も?)Give Up。
2010年10月13日
Time
曇りのち晴れ。
日中は10月とは思えない穏やかな、というより暑いくらいの気候だった。
昨日(てか、厳密には“今日”か…)のブログへのゆこもこさんとじょんさんからのコメントにレスを返そうと思って、
さっき、その自分の記事を開いて驚いた。
投稿時間が1:50。
ナニやってたんだよ…。
道理で今日は一日中、かったるかったワケだ。
昨夜は「塀の中の中学校」を視ていて、
そのままなんとなく夜が遅くなってしまったのだけど。
「塀の中の中学校」。
個人的な感想は、
発表会が延期になってからの時系列の変化が極端だったので、その点が物足りなかった。
2時間強という単発ドラマの中にいろいろと組み込むのは難しいのだろうけれど、
発表会は、このドラマのポイントの一つのように描かれていたはずなので、
その結果とその時の石川教諭の対応が描かれていないのが、
このドラマをやや希薄にさせてしまった感じがした。
(スミマセン、ド素人の呟きです…)
それにしても。
学校からのシーンではジャスコ東松本店の看板が映っていたりしたし、
実際にかなり多くの時間を松本で撮影していたみたいだった。
って、ちょっと待て。
このままではまた今日も睡眠時間が減ってしまう。
本当は今日、ランチタイムに行ったサイゼリアのコトとかも記してみたかったのだけど。
(平日のランチタイムのサイゼリアは初めてだった)
やっぱ寝ようっと。
2010年10月08日
いつか (SOMEDAY)
今回も達郎さんだ。
晴れ。
昨日までは涼しく、秋の充満する風が辺りに流れ漂っていたのだけど。
今日は真綿で包むかのような陽に覆われて。
例年だったら夕食におでんでも食べようか、
スーパーの店頭ではそろそろ鍋商材の企画も考え始めて。
という時季なのだけど、今日の日中の気候はとてもそんな感じではなかった。
それでも帰宅したら、鍋っぽい食卓だった。
―まったくオリジナルの“鍋っぽい”料理。
どうやらベースは豆乳鍋の素だったらしいけれど、
水を入れ過ぎた上に、野菜がたっぷりでそこからも水分が出て、
その上にさらにポン酢を入れてみたり、ウィンナーがたっぷり入っていたりと、
豆乳鍋の面影は全くなかった。
でも何だか美味しかった。
このところ、公私ともども、いろいろと切羽詰まっていて、
昨夜はPCに向かう気にもなれずに寝てしまった。
今日は仕事の面での今期の最大の山。
部長のフォローのお蔭もあって、なんとか乗り切った。
最低でも前年並み以上は確保できそう。
上手くすれば昨対200%も夢ではないのではないか!?
(なんてね…、言ってみたい…)
今度の先方の担当の方は“聞く耳”を持って頂けるので、こちらも提案がしやすい。
損得勘定だけの人にはこちらも“それなりの”(それでも一応は相手が納得できるような)対応しかできないのだけど、
+αを聞いてくれる人には“それなりに”提案をして双方(エンドユーザーも含めて三者)に得する方策を探っていけると言う感じ。
得てして損得勘定だけの人には、とにかく(こちらを)ギャフンと言わせてやる、
という態度の人が多いような気がする、なんとなくだけど。
要はこちらの提言を理解しようという気などさらさらないタイプが多い気がする。
そういう人は、いくら柔らかげな口調で接してきても腹の底が見えてしまう。
そういう時の相手からの提案(というより宣告)など、
何言ってんの、このヒト?
って思ってしまうことが殊更に多い。
いや、もちろん損得勘定は大事だ。
切実にそう思う。
そういうことも理解しながら相手の懐に入っていかねばならないのだけど。
そして懐に入っていくことができれば、
損得勘定だけだった相手に対して、
いつしか損得勘定を抜きにしての付き合いもできるのだけど。
先代会長が“商売はスパークだ”と言っていたらしい。
そのスパークの瞬間があった時は本当に心地好い。
公私の私、こちらも慌ただしい。
少年野球とか吹奏楽とか、他にも何だとか…。
とりあえず、今月中は何かとバタバタしそう…。
今日も今日とて、他のブログを覗いている余裕もなく寝よっと。
2010年10月05日
エスケイプ
曇り後晴れ、夕方から再び曇り。
夜、一時霧雨。
帰宅時の街灯の下、細かな水滴が頬をさすった。
表題は一応、達郎さんの歌。
事務所に缶詰めだったが、なんとなく身が入らず。
その日中には私用のTELやらメールやら。
事務所にはいろいろと事情を解ってくれている先輩だけだったのだけど。
あるメールを見て、ぷっ、と吹き出したりしてたら、
先輩が「今度は野球のハナシかい!?」とかって…。
お見通しイ。
話は変わって。
モバゲーのTVCM。
一瞬、「ふぞろいの林檎たち」の続編か?って思っちゃったよ…。
ん?麻生祐未って「ふぞろい…」に出てたっけ?
でも、ナニゲ、しっくりきちゃってたのが不思議。
さてと。
なんか疲れが抜けない。
寝よ。
2010年07月21日
私を忘れる頃
カッキーンの晴れ。
黄昏時、息を吸う度に湿気を濃く含んだ空気が暑苦しかった。

宵の明星が…。
う~ん、画像では解らないや…。
(雲のやや右下側なんだけど…)
練習場所がない。
いつも使わせてもらっていた学校のグランドも、
その学校の野球部の練習の為に終日、使えない。
苦慮したが、今週末はなんとか他が見つかった。
けれど長野市大会の1回戦当日、アップの場所が見つからない。
困った。
長男が「野球をするのは楽しいけれど、怖い」
と言っていた。
「何故?」と訊いたら、
「失敗が許されないから、交代させられちゃうから」
そうだよなぁ、そういうことなんだよなぁ。
自信を持たせること、伸び伸びやらせること。
監督に進言しなきゃね。
まずは選手を信じる事。
今日の若葉君は、昨日よりは元気だったけれど、
まだちょっと覇気に欠けた気がする。
たぶん、まだ今頃は前支社長を交えて飲んでいる。
どこかで吹っ切れていてくれれば。
僕の子供たちもそうだけど、
自信をつけさせることが一番なんだろう。
慌てない、慌てない。
(一休さぁん!)
実は商談前に、商談に関わる大きなトラブルがあって、
それに対処しながらの商談になったのだけど。
明日になったら今日の商談の感想を聞いてみよう。
話は変わるけど。
帰宅後、「飲み物」が無くなっているのを思い出し、
着替えてから近所のスーパーに。
交差点に夏服を着た歳若いカップルが信号の変わるのを待っていた。
信号が青になると同時に、
蒸し暑い風がサンダル履きの女性のワンピースとTシャツに短パン姿の男性の周囲ををくすぐっていった。
あー、そう言えば。
先日、家族で出かけた折に、やっぱり仲睦まじいカップルを見かけたカミさんが一言。
「あ~あ、ウチは歳してもああして手はつながないだろねぇ、
あ、違った。
『ほら、おじいちゃん!』って、手を引っ張るんだね!」
ん~んと。
そんなになるまで一緒にいるのか…?
2010年07月06日
Are you hungry?
晴れのち雨、といった相変わらずの天候。
日本の各地で、世界的にも、豪雨のニュースが流れている。
地方都市でさえ。
今日も先週に続き、朝からあるお店の陳列応援。
あるカテゴリーの陳列が時間ギリギリになってしまい、
ちょっとキツかった。
そんな中で、棚ボタ的なお話もあったので、
まあ、犬も歩けば棒に当る、というか。
今月は先方の登録ミスもあって、涸渇しそうだったので、
なんとか空腹も満たされそうな。
で、相変わらず、若葉君に帰りの運転は任せているのだけど。
先日にも記したけれど、
ちょっとワカッテないかなぁ。
いや、見当外れなことをしているのではないけれど、
まだまだなんだよねぇ~、運転も仕事も。
ああしたい、こうしたい、って、
お腹が空いているのは分かるけど、
アクセル踏み込むにはまだ早い。
んで、とりあえず。
彼の営業車の準備がまだできていないので、
仕方なく僕の車に初心者マークを貼り付けている。
こんな感じ。

もちろん、例えば家と会社との行き帰りとかは僕が運転しているので、
当面は小生意気な初心者マークが走りまわっている、って感じっス。
あ、ついで。
ゴリゴリ君の現場です。

情けねー。
何も考えずにアクセル踏んじゃうから…。
別に空腹だったわけじゃなく、
寝ぼけていたからであって。
仕事に通じているよ…。
ところで、長野出身の小林尊さんのお話。
伝わってくるのが表面的なことなので、何とも言えないけれど。
契約のタイミングとか中身とか。
こっちに例えれば椀子そばの世界で、
チャンピオンが、あるいはそれに匹敵するのが、
米国人というのは許せない、
って感じなのか?ひょっとして。
2010年07月02日
チームスピリット
晴れ、夕方から雷雨。
今日のサムライジャパンのインタビュー、
全部をきっちり見る事ができたわけではないのだけど。
松井選手の言葉の中に、
食事のテーブルには笑いが絶えなかった、笑顔を続けていれば何かいい事がある、
というものがあった。
また本田選手の言葉の中には、
戦いの場なのだから仲良し集団であってはならない、
という主旨の言葉もあった。
本当にジャパンはチームが一つに団結していたように見えたし、
まとまっていたように見えたのだけれど、
それは仲良し集団という意味ではないという事。
つまり、ジャパンは“なれあい”の集団ではなかった、ということ。
たぶん、テーブルでの笑顔もなれあいの末の笑いではなかったのだろう。
そして本田選手は、
カメルーン戦に勝てて、その1勝でチームがまた変わった、
ということも語っていた。
“勝つ”ということの大きさ。
もちろんPKを外した駒野選手の許に全員が言葉をかけに行っていたことは、
深く記憶に刻まれる。
そんなチーム状態にしたい、と思いつつ。
長野市大会まで一ヶ月を切った。
さてさて。
明日はまたまた営業合宿。
明日は先日の那須の時と違って、まともな合宿になる、はず。
とりあえずレジュメの限りでは。
でも明日は明日でやはり送別会を兼ねてもいるので、
夜からはきっと大騒ぎだなぁ。
ってことで、明日の金曜チェックはお休みします。
けど、余裕があったら、夜の模様をアップしようかなっと。
そだ!
やったぜ、前健!
見事、連敗ストップ!
(Sヘッド、どうだ!
へ?9戦のうちの1敗くらいどうってことないって…!?)
って、前健。
何年後かにはGとかTとかのユニフォームを着ていた、
なんてことはないだろうなぁ…。
2010年06月30日
駒野、本当によく頑張った
晴れ。
とりあえず、自分の所属する部署でPK戦まで観ていたのは僕だけだった。
もっとも、PK戦が終ったと同時にテレビを消したけれど。
日本は中沢選手、闘莉王選手の身体を張ったディフェンスなどを中心に、
守備の面では相手攻撃陣を必要以上に自由にさせることなく、
何度かの決定的な大ピンチも川島選手の好セーブで跳ね返した。
攻撃も積極的なシュートが何本かあったし、
中村選手が入ってからは(相手の疲れもあっただろうけれど)、
好機を何度か掴むこともできた。
欲を言えば、もうちょっとペナルティーエリアの中に切れ込んで行って欲しかったような…。
よくワカンナイけど。
で、敢えてもうひとつ、シロウト目に感じた事を記すなら。
ボールに対する一歩目(反応)がパラグアイの方が数段、速かったように思う。
たぶんこれは身体能力の違いではなく、
深さの違いなのではないだろうか?
身体が勝手に反応できるかどうか。
少年期のうちから、
クラブ活動以外の場所でどれだけ多くの時間、
どれだけ多くの人とボールに触れ合う事ができたか。
そんなことかも知れない。
でも、日本もサッカー人口はかなり増えたようだし、
(事実、ウチの会社の新卒の連中にも、
フットサルを趣味にする人の方が野球を趣味にする人より多かった、
悔しいことに)
これから益々、サムライブルーは逞しくなってくれるかも知れない。
とにかく。
結果は、PK戦の末の惜敗だけれど。
いい夢を見させてもらったと思う。
大会直前の連敗、特に韓国戦の惨敗。
そこから見事にチームが成熟していった様子が、
僕らに希望を与えてくれた気がしてならない。
ってなワケで、今日はきっと仕事にならないだろう…。
なんて思いはしたけれど、夕方までは少し忙しくて、
眠くなっているような場合ではなかった。
もっとも、夕方になってデスクに戻り、
PCに向かい始めて暫くしてからは意識がしばしば遠のき…。
かと言って、今日はサッサと帰るワケにもいかなかったし。
帰宅したら帰宅したで、育成会絡みの仕事をカミさんから言い預かった。
やれやれ…。
眠いゾォ~っ!!!
なにィっ?
カープがジャイアンツに8連敗だとぉ~っ!?
(Sヘッド、笑うでない)
2010年06月17日
6月の戦い
雨のち晴れ。
昨夜から朝にかけて降り続いていた雨は午前中には止んで、
午前中は厚い雲の下。
風がそよ吹いてはいたけれど、
湿気を孕んでいて、少し蒸し暑ささえも感じた。
午後からは晴れ間が拡がり、西日がきつかった。

なにぶん、いきあたりばったりであるが故、
あ、あれやってない、これやってない。
ふと気づけば、来週末まではゆったりと書類仕事をやっている余裕がない。
本来なら新人君の為にも現場にバシバシと出ていなければいけないのだけど、
今日は割り切って、来週末が締め切りの企画書の作成。
新人君には、商品登録の確認と修正を手伝ってもらった。
今日の若葉マークコーナー。
事務所から数km程の食堂及びPCデポとの往復のみ。
ところで、先週まで彼に与えられていた営業車、車検切れと同時にリース契約解除。
で、一昨日、業者に引き渡し。
実は…。
いろいろと事情があって、
当初はその補充のクルマを準備していなかったので、
新たにクルマが来るのに一ヶ月ほど待たねばならない。
今日の彼、「ハンドル握るの久しぶりだぁ!」って…。
でも、そうは言っても徐々には慣れてきていたようで、
ひと月前ほどの、助手席でのドキドキ感は少なくなった。
いや、飽くまでも“少なくなった”だけだけど…。
まだまだ戦いは続く…。
さて。
数日前までにニュースや紙面に扱われていた話題には、
南アフリカでの戦いのことだけでなく、60年安保闘争の事があった。
(ん~んと、一応、僕の生まれる前の話だ!え~っと、つまり僕はまだ50歳には達してませぇ~ん)
で、樺美智子さんの事が幾度か伝えられていた。
正直、樺さんのことは、そう言えばそんな事があったらしい、
くらいの認識しかなかった。
なのでいまだに、樺さんがどういう意識、ポリシー、心情のもとでデモに参加したのかは、
詳しくは知る由もない。
けれど、あの頃の市民は、学生は、声を挙げていたらしい。
そして。
樺さんが亡くなってから9年後、学園紛争の最中の、やはり6月。
二十歳の原点、高野悦子さんが自らの足で旅路に立った。
ともすれば、
マスコミがこの2人の才女を悲劇のヒロインに祀り上げた部分もあるかも知れないけれど。
60年代、真摯に社会に向き合った若き女性がいたということだ。
もちろん、それは昔も今も変わらない。
今でもやり場のない気持ちに震える若者はいる。
悩め、苦しめ、そしてガンバレ!
としか言いようがないのだけど。
あ、新人く~ん。
君はどぉ?
え?
おバカな先輩社員のお蔭で、
別のイミで不安になりつつある、
ってか!?
2010年06月16日
和音
日中晴れ、夕方より雨。
さすがに今日は眠かった!
朝も起き辛かったし、
青木島の「まるやま」で500円ランチのチキンカツ定食を食べてからの午後なんざぁ。
事務所に帰ってから、もう何度、意識を失った事やら…。
ところで。
今日のニュースやら情報番組やらでは、
ま、当然と言えば当然なんだろうけれど、
やたらと本田選手に脚光が集まっていたわけで。
でも、いや、確かにそこまでの動きといい、
その瞬間の動きといい、
本田選手が素晴らしかったのは事実だけど。
それだけじゃなくて。
松井選手のドリブル突破を含む再三に亘る右サイド突破も良かったと思う。
ゴールアシストよりも前のシーンでの右サイドを突破してのセンタリングが、
ゴールシーンでのフェイントと絶妙のセンタリングに繋がったと思う。
それと大久保選手。
時には味方にさえも激しく注文をつけながら、
タフにボールに向かって行っていたし、常に前を向いていた。
その動きにカメルーン守備陣が翻弄されたのか、
ゴールシーンでは完全に相手のディフェンダーを引きつけて、
本田選手のゴールへと導いた。
で、僕みたいなド素人には解りにくいけれど、
たぶん、阿部選手もいい役をこなしていたんだろうと思うし、
遠藤選手も普段通りの司令塔ぶりを発揮していたと思う。
後半、カメルーンが前掛かりになってきた時に日本の中盤から下の疲れが目に見えていて、
かなりアブナイ場面もあったのだけど。
本田-松井の海外組の身体能力が最終的には決めた一発ではあったのだけれど、
やはり全員で掴んだ勝利なように思えた。
あ、でもさ。
ホントは松井選手は大久保選手を狙ったセンタリングだったりなんかして。
で、“例の”高地でしかも特徴的なボールのせいで伸びて行ってしまって、
それがたまたま本田選手にドンピシャだっただけだったりして…。
あ、メジャーリーグの松井秀樹も昨日は3安打だったとか。
そういやぁさぁ。
量販店とかにいくと、
“メッシ”だとか、“ロナウジーニョ”だとか、“ロナウド”だとかのレプリカユニフォーム売ってんだけど。
なんで、“ジーター”だとか“A・ロッド”だとかのレプリカ、売ってないの?
さて、本日。
大したテレビ番組もやってないし、
たまたま小学校の吹奏楽に入った娘がヒマそうにしていたし。
ゴソゴソと久ぁしぶりに高3時代の定期演奏会のテープを引っ張り出してみた。
しかし。
以前にも記したような気がするけれど。
カマキリ先生の指導の下、我が母校は僕の高2からを皮切りに、
それから10年ほど連続して長野県の代表になり続けた。
弟の代の時のコンクールでは身震いが起きるような演奏もあったのだけど。
やっぱ、僕の当時の演奏は下手だよなぁ。
ま、春先に開いた(と思った)定演だったから仕方ないかも知れないけれど。
テープを聴いているうちに、
あ、このあとのユニゾン、音程外しちゃうんだよなぁ、
とか、
あ、このあとリードミスしちゃうんだよ…、
とか。
とにかく粗い演奏。
でもそれも。
ジェーガーの「吹奏楽の為の交響楽」全楽章を吹き進むうちに、
それも第4楽章に入るとともに、
佳境に入っていったのがよく分かる。
アンコール曲の「シンフォニア・ノビリッシマ」や「秋空に」は、
とても伸び伸びと吹けていた感じがする。
そんな、何十年も前のことを思い起こしつつ。
このところ何年も白球を転がし続けていたけれど、
“こっち”の世界もいいなぁ。
2010年05月24日
悪天候
雨、夕刻より曇り。
う~ん、モチベーションの上がらない一日だった。
午前中は毎週月曜日のルーティンワーク、月末見通し提出に追われる。
午後、新人を脇にどうしようかと思ったが、
こっちもこなすべき企画書作りがあったし。
新人を気にかけながら、どうも身が入らず。
こんな調子だと新人は目標を失いかねないなぁ。
明日からは、ああしてこうして。
ネジを巻くとしよう。
ってことで、今日はサッサと帰った。
ダラダラやっていても仕方ない!
んで。
サッカー日韓戦。
2点目を失ったところでテレビを消した。
サッカーについてはさっぱりなのだけど(サッカーだけじゃないけど…)、
なんか観ていて、プロと学生の試合みたい。
まとまりの点でも激しさの点でも。
稲本や闘利王を出さなかったり、
俊介にボールを集めなかったり、
今回の日韓戦はテストゲームみたいな感じもしたけれど。
あ、よくワカンナイからオカシナ見方かも知れないけれど、
ダブル中村がバランス良い様な気もするけれど。
え、ポジションが重なってる?
いや、ま、とにかく。
それにしても内容が悪すぎるように思えたのはボクだけ?
Tigerさぁん…。
あ、早くに帰宅したのは日韓戦を観たかったからではありません。
たぶん…。
2010年05月18日
大変だぁ!
晴れ。
寒かったり暑かったり…。
昨日も今日も気疲れか?
もうなんだかヘロヘロ気分の今夜。
新人君の運転で安曇野まで。
なんか、高速道でってのもちょっとなぁ。
と思って19号でちんたらと。
やっぱハラハラするゼイ!
これはたとえ、相手がベテランドライバーだったとしても、
自分と違うブレーキタイミングの人の運転には、
特に自分よりも遅いタイミングでブレーキを踏む人の運転にはドキドキさせられるものだ。
これがまた相手が初心者となると。
大変だ…。
そんな彼も、
行きはともかく帰路はそこそこスムーズな運転だったけれど。
でも。
彼だって、イイ歳こいたおじさんと組まされて、
気疲れしてんだろうなぁ。
どこかまだ遠慮している感じなんだよなぁ。
大変だよ。
ところで。
大変だぁ!
金魚が3匹死んでしまった。
このところの暑さのせいか、一挙に水が濁った。
慌てて水を少し入れ替えつつ(一度に替えてはいけないらしい)、
薬も入れたりして…。
生き物を飼うって、大変…。
あ、そうそう。
TAKちゃんは痛みはすっかり取れたらしい。
まだまだシーズンは続くから、
無理はせず、しっかり治してもらえればいいゾ!
2010年05月13日
Sweet Dreams
久々のユーミンタイトル。
晴れのち曇り。
午後は風が強かった。
午前中は陽あたりも良くてそれほどではなかったけれど、
雲の多くなりだした午後はちょっと寒かった。
帰路の車中、弱めのヒーターを入れてしまったくらいだし、
帰宅したらストーブが焚かれていた。
ろくな暖房器具がなかった新人君、
ダイジョブかいな?
あ、据え付けのエアコンがあったな。
なんとか生きてるだろ。
今日は新人とは全くコンタクトせずに済んだ一日。
だからやるべきことを極力、今日のうちにやっておかなきゃならなかったのに、
なんとなく捗らず。
明日から本格的にマンツーマン。
マンツーマンはいいのだけど、
“その事”に関する報告書やらなんやら。
面倒だったらありゃしない。
いやいや、夢と希望を抱いて入社してきた若者の前で、
弛んじゃいかん。
話は変わる。
佐渡裕さんがベルリンフィルの定期演奏会で指揮を任される事になったという。
これは途轍もなく素晴らしい事だ。
その佐渡さんのコメントのひとつにこんなのがあった。
「夢はあきらめなければ叶うのだなあ」
ひとつの事を成し遂げたプロフェッショナルが、
大概、異口同音に口にする言葉だ。
佐渡さんの小学校の頃に記した夢が、
ベルリンフィルでタクトを振る事だったという。
当然、人間には適性とか能力とかがあって、
どうにも諦めざるを得ない場合が多いのも事実だし、
スポーツ選手の場合なんかは怪我に泣かされる事だってある。
それでも。
諦めずに続けていけば、
何かいい事は必ず待っているはず。
夢を描いたのなら、その夢に向かって、
毎日、歩みを続けるべきなのだ、
なぁ、長男よ。
「夢にときめけ!明日にきらめけ!」
あ、ところで。
ベルリンにはこんなジョークがあるらしい。
「ウィーンフィルに行くにはどうしたらいいですか?」
「オーストリアへ行きなさい」
「ベルリンフィルに行くにはどうしたらいいですか?」
「練習しなさい」
いやいや。
ウィーンフィルだって世界に冠たるオーケストラだ。
決して馬鹿にしてはならない楽団なのだけど。
2010年03月04日
監視システム、管理システム
晴れ。
けれど昨日までの陽気と違って、
気候は今時にもどって、肌寒かった。
昨日の続き。
今朝、早速、システムに電話。
比較的に気心の知れている担当者が応対してくれて、
遠隔操作で簡単に直してくれた。
いやぁ、ビックリ。
東京にいて長野のパソコンのアプリの破損を直せるのねぇ…。
こわッ。
ところで。
今朝の天声人語にこんな事が載っていた。
なんでも石原都知事が、
「銅を取って狂喜する、こんな馬鹿げた国はないよ」
と言ったとか。
選手団、数人しか出せない国だってあると思うのだけど。
そういう国って馬鹿げた国なんです。
いやぁ、とにかく。
相変わらずの上から目線が素晴らしい。
こういう人がいるからこそバランスが保てるのです。
そして都知事は、
「国家という重いものを背負わない人間が、いい成績を出せるわけがない」
とも述べたとか。
いや、確かに“代表”たるそれはモチベーションのひとつになると思う。
WBCについても、選手たちが異口同音に言っていたのが、
“JAPANのユニフォーム”へのこだわりだ。
その優勝できたWBC。
“JAPANのユニフォーム”に集結した選手たち。
果たして“日の丸の為”だけにモチベーションが保てたのだろうか?
やっぱり、プロのチームとして機能していったのだと思うのだけど。
そこには“チームとしての”プライドがあったのだと思う。
「そのことを“国を背負う”というのだ」と感じるのなら、
そういうことなのでしょう。
で、報道ステーションを見ていたら、
各国の冬季五輪の強化費が出ていて、
日本は他の上位の国と比べると桁が1つ少ない。
資金さえ注ぎ込めばいいというものではないだろうけれど、
桁1つ違っちゃうとネ~。
で。
「太陽の季節」は“国家を背負った”作品だったのですね。
スミマセン。
読んだこと、まだないです…。
2010年02月25日
NEW AGE
今日のタイトルは4半世紀前のサノモトだ!
晴れ。
すっごく暖かい午後だった。
Short comment for my family.
(junちゃん、文法、合ってる?)
今年の4月に4年生になる娘が吹奏楽への入部を決意。
おおっ、さすが、オレの娘!
と思ったら。
どうやら、親友の子が入るから、
ということらしい…。
まあ(ちょっと自慢だけど…ゴメン…)、
僕の兄は山本先生の下、東海大会に出場し、
僕と弟は藤森先生の下に東海大会に出場したので、
娘が吹奏楽に入部することには全く違和感がない。
「楽器、何がいいかなぁ」と訊いてきたので、
「ファゴット!」と言いたいところをぐっと堪えて、
「サックス辺りはカッコイイよね」なんて。
もっとも楽器は部のパートの空きによるというので、
希望の楽器にならない場合があるかも知れないらしい。
(ちょっと変じゃん!そりゃないじゃん!)
ちなみに今でこそ小学校に吹奏楽は珍しくないが、
子供たちの通う小学校の吹奏楽のキャリアは長く、
長野市内の小学校では草分け的な伝統のある存在だ。
いやぁ、楽しみ。
さて。
長男。
野球部での背番号。
3年生の時には27番。
4年生の時には14番(27のほぼ半数)。
5年生の時には7番(4年生の時の半数)。
で、新体制になって。
7番のほぼ半数だったら、3番か?長嶋か?いや、4番か?大石大二郎か?
と思ったら。
(本人の希望もあって)2番だそうだ。
城島かい。
ええっと。
次男は…。
たぶん19番かな?
あ、イケネ、まだ正式に入部届け出していなかった…。